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お知らせ

石川直生が現役引退を発表「僕の選手生活は66話のストーリーでした。キックボクサーの自分を誇りにして、これからの人生を作っていこうと思います」

[2015/06/25]

 6月25日(木)東京・大久保のGSPメディアセンターにて、Krushで活躍した石川直生の現役引退が発表された。 >>詳細

 Krushを旗揚げ当初から盛り上げてきたファイターがリングを去ることになった。石川直生は第2代全日本キックボクシング連盟スーパーフェザー級王者として2009年3月の「Krush.2」からKrushに参戦。Krushライト級GP2009での劇的な逆転KO勝利や初代Krush-60kg級王者・卜部弘嵩との2度に渡るタイトルマッチなど、Krush-60kgの中心ファイターとしてKrushを主戦場に活躍を続けてきた。

 昨年4月「Krush.40」での加藤港戦を最後にリングから遠ざかっていた石川は、所属する青春塾から引退の意思を表明。Krushを運営するグッドルーザーと協議したのち、このタイミングで正式発表する運びとなった。

 石川は9月12日(土)東京・後楽園ホールで開催される「Krush.58」にて、引退試合や引退エキシビションマッチではなく、引退セレモニーを行う予定。リング上からファンに挨拶する。

 会見にはKrush宮田充プロデューサー、石川、そして石川が所属する青春塾の竹島伊佐夫会長が出席。竹島会長、そして石川本人が引退発表についてコメントした。

竹島
「このような形で石川が引退会見をするということで、関係者の皆様方には本当に長い間、お世話になって参りました。私としても石川とは20年ほど一緒にジム生活を送っておりました。一つ一つの試合を振り返っても数が多くて、一言では言い表せないのですが、選手をやっている中で色々な怪我や色々なことで壁にぶち当たり、悩んだ時期があったかと思います。昨年4月の試合を機に1年間、石川に時間を与え、今年に入って本人から引退を表明したいということでこの場を設けていただきました。

 石川の選手生活の中で一緒に長い時間を過ごしたものですから、ここで何を話したらいいか、たくさんありすぎて分かりませんが、私事ですが(石川は)自分の生活の一部になっていたのかなと思います。私はジムの代表ではあるのですが、普段はサラリーマンとして生活をして、仕事が終わって家庭に戻り、それからジムに出向いて選手たちと汗を流す日々を送ってきました。

 こういう時期がくることは分かっていましたが寂しさもあります。これから石川には長い人生がありますし、ここは石川の引退を受け止めて、今後の人生を設計し、歩んでもらいたいと思います」

石川直生
「15歳の夏にキックを始めて、21年経ちました。19歳でプロデビューし、15年間以上、現役生活を送ったことになります。僕は一度も大きな怪我をしたことがなく、爆弾と言われる古傷もありません。今まで自分の意思で1年以上、試合をしないことがなかったです。

 でも昨年4月の試合以降、長年頑張ってくれた身体と頭にダメージが溜まっていることを感じて、今までは倒れなかった攻撃で倒れたり、反応できたものができなかったりしました。少し時間を待ちながら、試合をする時期を探していたのですが、その間に、こうやって人はうつ病になるのだなと感じてしまうくらい、壁にぶち当たった時期もありました。その中で生涯のパートナーになる方と出会い、これからどういう風に生きて行けばいいんだろうと考えました。

 前回の試合から1年経っても脳のダメージが抜けない自覚もあり、僕がキックを始めた頃、自分自身にワクワクできなかったら辞めよう、プロでチャンピオンになってからはメインを張れなくなったら辞めようと思っていました。それが自分のプロとしての賞味期限だと思っていて、もうその賞味期限が来たのかなと思います。ネガティブではなく、そう認めることができました。

 今まで66戦やりました。先ほどすべてのデータを見させてもらいましたが、どれも優越つけがたいくらいものになっています。僕の選手生活は66話のストーリーだったと思います。決してハッピーエンドの66話ではなかったですが、すべてこれからの自分を作る経験とキャリアになったと思います。これからはこの66話を大事にし、キックボクサーの自分を誇りにして、これからの人生を作っていこうと思います」

 続く質疑応答では石川に多くの質問が挙がった。

――昨年4月の試合が最後になりましたが、最後に一試合もしくはエキシビションをやるということは考えはなかったですか?

「フィナーレは色んな形があったと思います。引退試合やファイナルマッチをやる選手もいれば、エキシビションマッチをやる選手もいる。僕自身、エキシは緊張感があるものではなくて、最後に相応しくないと思いました。1試合だけでも階級を超えた選手と、とも思ったのですが、今の自分はお客さんが楽しみにしている100%の自分を出せないと思いました。本当は(引退試合を)やりたい気持ちもあります。でも覚悟を決めて潔く10カウントだけを聞くことにしました」

――具体的にはいつ頃に引退を決意したのですか?

「年が明けてプライベートでも色んなことがあって、色々と自分の中で人生を捉えることがあって、最初は現役である自分にこだわる自分もいました。でもそこ(現役)に縛られている自分もいたんですね。それを解放して自分に何が出来るんだろう?と考えたら、この20年間キックボクシングで築いたことによって、自分の人生が広がるんだということが分かりました。なので年明けくらいから、心境として現役へのこだわりや縛りから解放されて、楽になった自分がいました」

――今後もキックボクシングには携わっていく予定ですか?

「僕はキックボクサーとして戦ってきた人間なので、技を伝えるトレーナーやジムを経営するという選択肢もあると思います。でも今すぐどうこうはないです。今キックの楽しさを伝えるクラスを色んなところで開催しています。それは静と動で言うと動の部分で、静=心の部分では、小学校や中学校で子供たちに講演をさせてもらっています。今その自分のやり方やシステムを構築しているところです。

 キックで培った強さを静と動の2つのチャンネルで、今はまだそれが点なのですが、もう少しで線になることが見えてくるので、ネガティブではなくて、今はまだ今後どうなるか分かりません。僕は現役中の選手たちにも自分がやっていることの背中を見せたいし、現役を引退しても一生懸命キックをやっていれば、こんなに人生が広がってつながっていくんだということを見せられる先輩になれたらいいなと思います」

――66戦の中で思い浮かぶ試合はありますか?

「五個くらいあるんですけど…パッと浮かぶのは”狂拳”竹内裕二戦ですね。狂拳とは2回戦って、どちらも殴り合いで血だらけになったんですけど、振り返ってみると、じゃれあっていたというか、自分たちの好きなフィールドと得意なところで、楽しく遊んでいた感覚です。こういった表現が正しいかどうか分かりませんが、2人で遊んでいましたね。楽しい思い出です」

――客観的に見て石川直生とはどんなキックボクサーでしたか?

「危なっかしい選手だったと思います。会長、宮田さん、周りも含めて、そう思われていたのかなと。僕は人間としてもそういう自覚があるんで。危なっかしいというのはネガティブなサイドですけど、ポジティブなサイドで考えるとワクワクさせる選手だったのかなと。どの選手もリングの中と外、表と裏はあると思いますが、それは変えようがないことです。これからはちゃんとした人間として、もっと安定したことを手に入れたいと思います。危なっかしさを少しでも減らして、自分らしい人間になれたらと思います」

――現役生活への満足度は?

「100点満点じゃないのは当たり前ですが、頭に浮かんだことが3つ、チキショーと思っていることがあります。一つはKrushのメインイベントで勝ったことが1回もなかったこと。最終試合の赤コーナーとして勝ち名乗りを受けられなかったことが悔しいです。またこれは残り2つになるのですが、2年前に60kg(ISKA)と58kg(Krush)でタイトルに挑戦させてもらうチャンスがあったのですが、K-1で世界一になった2人、卜部功也選手と武尊選手から事前に『石川とやりたい』って言ってもらったにも関わらず、そこまで辿り着けなかったことは、ちょっと悔しいなと思います。大きな悔しい後悔ではなく、選手として見たらもっと面白いことはいっぱいあったと思うのですが、頭に浮かんだのはそこかなと。でもこの悔しい想いを持って、これからの人生で大きな満足を手に入れたいと思います」

 石川の質疑応答を受けて、全日本キック時代から石川の試合を組んできた宮田プロデューサーも石川の思い出について語った。

「石川の試合で覚えているのが2005年のIKUSA-GPで、このトーナメントはオープントーナメントという形で、どんな形の大会か分からなかったのですが、お姉ちゃんにこのトーナメントのことを紹介してもらった石川が、インターネットの記事をプリントアウトしたものを持ってきて『これに出たい。絶対優勝してきます』と言って来ました。じゃあ意地悪で石川と山本真弘を両方出したら(笑)、2人が決勝で戦ってくれて全日本キックの強さをアピールしてくれました。またKrushでも苦しい時にメインを張ってくれて、先日グッドルーザーが6周年を迎えたのですが、青春塾さんと石川と一緒に戦ってきたなと思います。

 全日本キックが消滅して2回目の興行、グッドルーザーを創った日の興行で、60kgのトーナメントが行われて。そこで石川はTURBO選手と水落洋祐選手と対戦し、どちらもダウンを喫した後にハイキックで逆転KO勝ちを収めました。ハイキックのKOは一つの興行であるかないかなのですが、一人の選手が一日に2連続でハイキックで勝ったんですよね。自分自身、不安な中で会社を立ち上げたのですが、お客さんが盛り上がって興奮してくれる姿を見て、何とかやっていけるかなと思ったことが印象に残っています。

 そして11月のトーナメントの準決勝で竹内を飛びヒザ蹴りでKOしたのですが、あとで聞いたら左の飛びヒザ蹴りは練習でやったことがなかったのに咄嗟に出た、と。しかも竹内のパンチで目尻が切れて、ドクターストップかというタイミングでのKOでした。ただその傷で決勝戦には行けず、リザーブファイトで勝った久保優太が決勝に出るというドラマもあって。竹内に勝って次は決勝で因縁の山本真弘だという時にドクターストップになるのも石川らしいな、と。良くも悪くもそういうことがあった選手で、会長よりも先に僕が『バカヤロー!』『何をやってんだよ!』と思うことがあったり(笑)。

 プロモーターとして国際戦以外で誰が勝って負けて、はないのですが、興行として見て(石川の試合は)計算外に跳ねることもあれば僕が『何やってんだよ?』と感情を爆発させたこともありました。石川とは一緒に走ってきた意識もありますし、きりがないのでこのあたりにしておきます」

 そして最後に石川は「みなさん今まで応援ありがとうございました。嘘や大袈裟ではなく、今、僕が胸を張って生きていけるのはみなさんのおかげだと思います」と現役生活を支えくれたファンのメッセージ。「みなさんに積み重ねてもらった価値を大切にして、引退したあとも『現役中の方が楽しそうだった、輝いていた』と思われないように、みんなをワクワクさせる人間でいたいと思います。これからもよろしくお願いします!」と挨拶を締めた。

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Krush.71
2016/12/18 18:00開始
後楽園ホール
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Krush.72
2017/1/15 18:00開始
後楽園ホール
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